Q.梅の日って?
A.今をさかのぼること四百六十余年の大昔、日本中に晴天が続き、作物が育たず、
田植えもできず人々が困り果てていました。
折しも六月六日、神様のお告げにより、時の天皇が賀茂神社に詣で、
梅を賀茂別雷神に奉納して祈ったところ、
たちまち雷鳴とともに大雨が降りはじめ、五穀豊穣をもたらしました。
人々は、その天恵の雨を「梅雨」とよび、梅に感謝するとともに、災いや疫病を除き、
福を招く梅を梅法師と呼んで、贈り物にするようになったといわれています。
紀州梅の会では、このお話が、宮中の日記「御湯殿 上の日記」
に記されていたことから、その故事にちなみ、6月6日を「梅の日」と定めました。
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Q.うめの語源はなんですか?
A.うめの語源にはいろいろな説があります。
その中でも有力な説が二つあります。
賀茂真淵の説で、最初に伝わった鳥梅(うばい)という言葉が残り、(うばい)→(うめい)→(うめ)という説。
新井白石の説で、ウメは熟した実という意味で(ウ=熟む)(メ=実)という説があります。
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Q.梅はどこから来たの?
A.梅の原産地はいろいろな説がありますが有力な説は中国から来た説が有力です。
梅干しが日本に伝わったのは今から約1500年前の遣隋使の『小野妹子』によって中国から日本に伝えられた薬用の『鳥梅(うばい)』が初めだと言われています。
現在でも鳥梅は鳥梅丸という駆虫剤・漢方薬として存在しています。
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Q.梅干しはいつ頃から食べられてたの?
A.梅干しは初め奈良時代で貴族が菓子(果物)として食べていたようです。
その後、室町時代でようやく武家の食前にも登場するようになり、戦国時代ではなくてはならない物として重宝されていたようです。
一般的に梅干しが急速に広まったのは江戸時代だと言われています。
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Q.奈良時代の梅干しって?
A.奈良時代では貴族が観賞用や薬用に自邸に植樹していたようです。
また、現在と違い梅は『果物』と同じように生菓子として食べられていたようです。
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Q.平安時代の梅干しって?
A.平安時代にも梅干しは薬用としてよく使用されていたようです。
特に有名な話ですが、時の天皇、村上天皇が疫病を梅干しと昆布のお茶で治したと伝えられています。
その時に病気が治った梅干しが、申年に漬けた梅干しであったことから申年の梅干しは良いものだと重宝されました。
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Q.鎌倉時代の梅干しって?
A.鎌倉時代での梅干しは今まで貴重で特別な薬から常備薬として使われ始めました。
ですが、現在のように食べられていたのでは無く、今で言うサプリメントとして食べられていたようです。
特に僧侶達の間でおやつとして食べられていたようです。
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Q.室町時代の梅干しって?
A.室町時代でようやく武家の間にも梅干しが広まっていきました。
ですが、現在のような食べ方ではなく薬用として使用されていたようです。
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Q.戦国時代の梅干しって?
A.梅干しが急速に広まったのはこの戦国時代であったと言われています。
なぜなら、戦国時代では一般の農民や武将などが戦場に必ず梅干しを持っていったことから農民の間でも常備薬として広く伝わりました。
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Q.江戸時代の梅干しって?
A.江戸時代では急速に広まった梅干しに加えて品種が著しく増えたのはこの時代です。
一部の人しか食べられなかった梅干しですが、江戸時代では一般の家庭でも梅干しや梅エキスが作られ始め常備薬として使用されていたようです。
また、江戸時代中期ではようやく赤しそで着色された梅干しが誕生しました。
その他にも、江戸時代ではコレラが大流行した際にも梅干しの殺菌効果により予防・治療したことから幕府が梅を植えることを奨励しています。
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Q.明治時代の梅干しって?
A.明治時代では現在のように食べられていたようです。
ですが、明治10年~20年代にかけて全国的に流行したコレラや赤痢の予防・治療に重宝され貴重な健康食品として使われています。
以後、私達の日常に無くてはならない物として現在でも親しまれています。
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